東京高等裁判所 平成5年(ネ)3099号 判決 1994年2月28日
控訴人兼附帯被控訴人
有限会社西喜商会
右代表者代表取締役
西村次郎
控訴人兼附帯被控訴人
西村萬佐子
右両名訴訟代理人弁護士
高津戸成美
被控訴人兼附帯控訴人屋代武彦承継人
屋代徹治
右訴訟代理人弁護士
荒井洋一
同
松本啓介
同
田中徹男
同
國部徹
主文
一 本件控訴を棄却する。
二1 附帯控訴に基づき原判決主文第四項を取り消す。
2 控訴人兼附帯被控訴人らは被控訴人兼附帯控訴人に対し、各自金八五万四八五五円及びこれに対する控訴人兼附帯被控訴人有限会社西喜商会については平成三年九月三〇日から、同西村萬佐子については同年一〇月一五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて控訴人兼附帯被控訴人らの負担とする。
四 この判決は、第二2項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
控訴棄却
三 附帯控訴の趣旨
主文第二項と同旨
四 附帯控訴の趣旨に対する答弁
附帯控訴棄却
第二 当事者の主張
当事者双方の事実の主張は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(以下、控訴人兼附帯被控訴人を「控訴人」と、被控訴人兼附帯控訴人を「被控訴人」と、略称する)。
一 被控訴人
1 屋代武彦は平成五年一二月八日死亡し、その相続人は同人の妻清子、長男淳一、次男徹治(被控訴人)であったが、屋代武彦の公正証書遺言により被控訴人が同人の遺産一切を承継した。
2 原判決が、被控訴人の請求のうち次の金員支払請求部分を棄却したのは不当である。
(1) 仮処分事件に関する費用
申立印紙代 三〇〇〇円
予納郵券代 二九六一円
登録免許税 八一万四七〇〇円
(2) 本件訴訟
貼用印紙代 二万七六〇〇円
予納郵券代 六五九四円
(3) 合計 八五万四八五五円
これらのうち、予納郵券はすべて使用済みである。
原判決は、右の各費用は民事訴訟費用等に関する法律(以下「費用法」と略称する)に定める訴訟費用にあたり、所定の手続に従って取立てるなど各手続の中で処理すべきであるとした。しかし、費用法は、民法中の不法行為の適用を排除する旨の規定をおいてはいないし、また不法行為にもとづく請求が許されるかどうかは、必ずしも他に選び得る請求手段(例えば債務不履行に基づく損害賠償請求)があるかどうかにかかわらない。
また原判決は、右の各費用の出捐が、控訴人らの不法行為によるものであることを一方で認めながら、他方で訴訟費用のうち五分の一を被控訴人に負担させているが、これも趣旨が一貫しないことであり、不当である。
二 控訴人
1 被控訴人主張の権利承継の事実のうち、屋代武彦が死亡した事実、同人の妻が清子、長男が淳一、次男が被控訴人であることは認めるが、遺言があったことは知らない。
2 武彦が本訴第一審で予納した郵券がすべて使用済みであることは認める。
第三 証拠<省略>
理由
当裁判所は、本件控訴は理由がなく、附帯控訴は理由があるものと判断する。その理由は、次のとおり付加し、附帯控訴について当裁判所の判断を加えるほかは、原判決理由説示のとおり(被控訴人の請求を棄却した部分を除く)であるからこれを引用する。
一 権利の承継
権利の承継に関する被控訴人の主張事実中、屋代武彦が死亡したこと、同人の妻が清子、長男が淳一、次男が被控訴人であることは当事者間に争いがなく、<書証番号略>によれば、屋代武彦が公正証書によりその全部の財産を被控訴人に相続させる旨遺言した事実が認められる。
二 原判決理由への付加
1 原判決書七枚目表五行目の「立証はない」の次に「(同号証に押捺された印影が武彦の印章によることは当事者間に争いがないが、次項に判断するとおりの事実関係に照すと、これをもって右書面が真正に成立したと推定すべきものではない。)」を加える。
2 原判決書七枚目裏二行目の「信用できない。」の次に屋代武彦本人尋問の結果及び<書証番号略>によれば、右の七月三〇日(控訴人らが正当になされたと主張する別紙登記目録記載の一、二、五、六の各登記の登記原因日付でもある。)には、屋代武彦は外勤から午後四時過ぎに帰宅したこと、その前後の日も午後四時ないし五時に帰宅したものであることが認められ、もしその後に確認をしたというのであれば、本人の意思を確認し、書類を調え、登記手続をするという通常の段取りを前提に考えると、極めて慌ただしい作業となってしまうのであり、不自然というほかない。」を加える。
3 原判決書九枚目表六行目の「認められ、」を「認められる。また、<書証番号略>によれば、本件物件の屋代武彦の持分は登記簿上一五分の二に過ぎないのに、倉松和男のために右持分の上に極度額一億円の根抵当権が設定されており、それも平成三年五月二四日受付にかかるものであって、それ以前には担保に提供された形跡がまったくないことが認められ、控訴人らは前記各登記手続をした際には、この事情を知っていたはずである。」を加える。
4 原判決書九枚目裏四行目の「明らかであるから、」を「明らかであるし、平成四年三月二七日には、屋代武彦が淳一及び泰平興産等を相手方として登記抹消登記手続等を求めて提起した訴え(東京地方裁判所平成三年(ワ)第一一四〇三号)の判決があったのに(<書証番号略>及び弁論の全趣旨により認める)、なおその後も本訴において屋代武彦の請求を争い続けたのであるから、」を加える。
三 附帯控訴についての判断
1 原判決は、本件訴訟において、武彦が出捐した仮処分事件の申立印紙代、予納郵券代、登録免許税、本訴の貼用印紙代、予納郵券代は、それらが控訴人らの不法行為による侵害の結果を武彦において回復するために止むを得ず支出した費用ではあるが、その負担者は、一般の訴訟手続をまつまでもなく、仮処分事件の債務者であり、本件訴訟の敗訴者である控訴人らが負担することに決まっており、その取立も訴訟費用額確定決定を得て別途強制執行の方法によるべきものであるとの見解に基づいて、被控訴人の本訴請求のうち、右各費用の賠償を求める部分を棄却したのであるが、当裁判所は右の見解を採用しない。
他人の不法行為により損害を被った者が、その損害の回復のために訴訟の手段を取らざるを得ないことになれば、これに要する費用も不法行為と因果関係を有することには異論はないと考えられる。従って、損害を受けた者は、訴訟の手段によってその費用も含めて損害の回復を図ることができるとするのが本来である。ただ、他に損害回復のための簡便な手段があり、あるいは訴訟の方法によらせることが相当ではないとすべき特別の事情があるのであれば、右の訴訟手続に要する費用の回復を訴訟の手段によって取戻そうとすることは、訴えの利益を欠くとすべき余地があろう。しかしながら、費用法が、訴訟費用の支払が不法行為を原因として発生した損害となる場合にまで、訴訟による回復を禁ずる趣旨であると解することは相当でないし、一般の訴訟によるより訴訟費用額確定の方法によるのが簡便であるとは必ずしもいえない。加えて、訴訟において勝訴すれば、特定の請求権が不法行為に基づく損害賠償請求権であることが既判力をもって確定されること自体、他の債権による相殺が許されないという点において、原告となる者にとって利益のあることであって、この利益を無視することはできない。
以上の点を考慮すると、訴訟費用額確定決定の方法によるべきであって訴訟による回復を許さないとすべき場合があるとしても、それはせいぜい訴訟に先立ち費用の負担についての裁判が確定していて、訴訟費用額確定決定によって容易に権利を実現することができるような場合に限られるものとしなければならない。
本件においては、仮処分決定は費用の負担者についてなんら判断がなされていないことは<書証番号略>によって明らかであるし、本訴の訴訟費用についての判断が確定していないことはいうまでもない。従って、前記の諸費用について被控訴人の請求を妨げる事情はないというべきである。
2 そこで、各費用について判断する。<書証番号略>によれば、武彦がその主張する各費用を出捐したこと、仮処分命令申請事件(東京地方裁判所平成三年(ヨ)第四九六号)における予納郵券が使用済みであることが認められる(被控訴人の主張する本訴第一審における六五九四円の郵券予納があったことは当裁判所に顕著であり、右郵券が使用済みであることは当事者間に争いがない。)。
以上のとおりであり、本件控訴は理由がないが、附帯控訴は理由があり、これと異なる原判決は一部において不当であるから、その限度においてこれを取消し、右部分につき被控訴人の請求を認容することとする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官上谷清 裁判官曽我大三郎 裁判官松田清)